第16回ウディコン全作品レビュー - 水底の記憶

11. 水底の記憶

ジャンル 作者
ADV EHS(イースターハイスクール)
プレイ時間 プレイVer クリア状況
30分 1.0.5 全END

良かった点

  • 豊かなアニメーションによる演出が強く印象に残りました
  • 短編として完成度の高いシナリオでした
  • イベントとミニゲームの塩梅が良いです

気になった点

  • 初期マップにある自販機がミスリードに感じました
    • ここで水を取得して使うと、アイテムの効果が無いものという誤解を招くかもしれません

レビュー

記憶の奥底から繋がるもの

水底の記憶は、短編のADVです。
夏祭りを謎のお面の少女と共に回っていきながら、記憶の奥底にある出来事を追憶していく物語となっています。

プレイヤーは射的や千本つりといったミニゲームを通して夏祭りを体験しつつ、そこで得られたものから過去を回想していくことになります。
こうした昔日の回顧は、幾枚ものスチルから成る叙情豊かなアニメーションの演出によって構成されており、強く印象に残る情景が描かれるものとなっています。
この在りし日の場面において交わされる短いやり取りの中で、主人公、あるいはプレイヤーは過ぎ去った日々の一幕の想いを選択していくことになるでしょう。そして、その選択次第で、二つのエンディングのうちのどちらに決着するかが決まります。
過去の選択とともにその出来事を追体験していき、やがて至るそのエンディングを見届けましょう。

一つのエンドに到達するのには10分強程度しか必要としないため、手軽にプレイすることができる作品となっています。加えて、その短い中には充実した演出とシナリオが詰め込まれており、プレイ後の満足度が非常に高い作品でもあります。
ぜひとも、ある日を追憶し、その選択を重ね、真のエンドへと辿り着いてみてください。

感想

良い短編のADVでした。要素一つ一つを拾ってどこが良いか語るのも良いんですが、とりあえずまずはその一言に尽きます。
情景が豊かに描かれるアニメーションスチルの印象強さや、そこから数少ないやり取りで想像させる物語性の妙が素晴らしく、また好みのものでもあるんですが、筆者が一番好きなのは真エンドへのヒントの出し方にありました。

それはいったん後述するとして、やはり触れなくてはならないのは細かいスチルの多さ、あるいはアニメーションとしての多様さです。
入りからして雰囲気最高の導入を演出していますが、その雰囲気を崩すことなく、抒情溢れる演出とともにゲームが進行していきます。それぞれのイベントが適切に印象に残る形で現れていき、全てがきちんとした意味をもって最後へと繋がっていきます。
なお、グラフィック面で個人的に好きなところは目の描き方と、気の抜けた表情の描写あたりです。内心気を抜いているかは分かりませんが。

探索アドベンチャーではないのでマップは一本道で、移動速度は演出の都合上なのかまあまあ遅めです。ただ、マップは狭いので、そこまで気にはなりませんでした。
分岐は入りさえすれば選択肢が出るので自明なところですが、イベントを起こすのにアイテムを使わないといけないことに気付かないと、何も見ずに終わることになります。筆者はここで一敗しています。
通常プレイなら最初に手に入るアメをとりあえず使うので分かるだろうという話なんですが、筆者は適当に歩き回った結果、自販機で水を購入して飲んでしまったため、何も起きないという学習をしてしまいました。それにしてもアメぐらい使えという気もしてきますが。
この個人的な体験をもとにすると、変なミスリードになる恐れがあるので自販機を撤去しても良い気はしています。必要なのはだいぶ先ですし。

このため、二週目でアイテムをようやっと使い分岐に気付き、最後の言葉で別の分岐に到達して全エンドクリア、という流れになっています。
このように3周やって30分、1周10分ちょっとくらいの本当に短めの短編ではあるんですが、先述の演出の力も相まって印象にはきっちり刻み込まれる作品でもありました。

前述したシナリオの話、あるいは分岐についての話にも触れます。
シナリオに触れる前に分岐に触れた方がスムーズなので、まずは分岐の話をするんですが、心理的に選びにくい選択肢をもって構成しています。
この手のゲームにおける分岐というのは、慣れてくるとおおむねグッドエンドに結びつきそうな選択肢が見えてくるものが多く、またそれがある程度は正しい様相でもあります。それっぽい選択肢がそのまま正解であるというのは、プレイヤーが持つ期待を裏切らないということであり、それが自然であるということも示すことが多いためです。これを裏切るにはシナリオ上なり構成上なりゲームシステムなりに、強いカロリーを要求することになり、一歩間違えると単なる不親切へと作品を貶める結果にさえ繋がりかねません。
前置きが長くなりましたが、この作品は心理的に選びにくいその選択肢をもって真エンドへと導くため、別の熱量を必要とする後者の方に位置すると言えます。その上で、きっちりと選択自体に意味を持たせ、そのハードルを飛び越えた作品となっていました。

まずシナリオ面で見ていくと、これはある記憶の場面における自身の感情への追憶です。
良く知られている通り、記憶というのはかなりいい加減なものなので、ちょくちょく都合よくその時々を改ざんすることがあります。あの選択肢を選ぶということは、その時の自分を都合の良いものへと改ざんする行為であり、そうして形作られた都合の良い自分では、最後の行為の際に過った感情にラベルを付けることができません。
それはある意味では自己のどこかを喪失するようなものであると解釈でき、最後のエンディングに繋がることに何の不思議もありません。シナリオ上の意味合いで取れば、振り返ってみればあの選択肢は明らかに失着であることが分かるようになっています。
不合理な選択肢の自然さはこのようにして担保されることになります。

次いで、ゲーム的な面で見ると、あの選択肢に反する理由付けが必要です。とはいえ、露骨にヒントを出すのも興が冷めます。
そういう難しい場面において、真エンドでない時に提示されるのは、ただ、難しいよねという共感とも無念とも取れる一言のみとなっています。そして、この一言が非常に良いヒントとして作用しています。
この状況下における難しかったことをイメージすれば、選択肢をどの方向に見定めるべきかが明瞭になり、また先述したような背景までがクリアに認識できます。
この一言は、ゲームの雰囲気を一片も崩すことなく、極めて示唆的であり、かつそれを解すること自体がゲームに奥行きを与える値千金の言葉だなと強く感じ入っていました。ルート示唆のヒント界隈で一番好きかもしれない。

そうして理解して初めに戻り、全てを自覚して進めていくことで、手をつなぎ、手を離れ、また改めて手をつなぐことで終わるまでの綺麗な流れを十全に堪能することができます。加えて、このあたりの機微をエモーショナルにグラフィックで表現しやすい、アドベンチャーという分野の良さが如何なく発揮されている作品でもあったと言えるかもしれません。

なお、何故か選択肢の構造とヒントの言葉にばっかり文字を割いてしまってはいるんですが、全体的な短編としてのシナリオやシステムのバランスも良くできている作品です。この短さの中で、お祭り感のあるミニゲームも差しはさんでイベントとのバランスを取りつつ、上手く気分を切り替えさせています。
シナリオの構成についても要点を絞ったイベントに集中し、その関係性を必要十分に表現した上で最後へとつなげていく短編として良くまとまったものとなっていました。